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2019/01/09

若い人々の活動を応援したい!

急激に過疎化している上郡町の不便な山奥に定住している私はつとめて毎日外出するように心がけ、別荘地の外に出て地域社会の中に新鮮な物事を探すようにしている。なるだけ地域社会に明るい話題を見つける事。新しい事に取り組んでいる活気ある創造的な人々と接する事。それが、見捨てられたような辺境の地で定住生活を続ける上で心の健康を保つために必要な事なのだと思っている。

 よく見ると、周囲の町、上郡町や和気や赤穂といった町の中心部は魅力がある。上郡町の蔵がある旧家の並ぶ通りなど住民の『誇り・矜持』を感じる。また赤穂など作りものではない『本物のリゾート』だと感じる。地域社会には、まがい物ではない、先人から受け継がれてきた本物の文化・魅力がある。毎日、毎週のように街歩きをしていると、いろんなアイデアが湧き出してきて実に楽しい。

 また、衰退の気配を見せ始めた片田舎であっても、新しい時代への息吹のようなものを感じ取る機会もある。

たとえば・・・

備前市の農村地帯の民家で産声を上げた小さなパン屋さん『アンドブレッド』。

アンドブレッド

最高の材料を揃えて、天然酵母パンをコツコツと作っておられる。

そのパンの味は「本物の中の本物」と呼べるもので、一度食べると他のパンを食べられなくなるほど。

誰の支援も受けずに、自分の考えで本物を作ろうと決意し実行し、品質に対する評価を高める事でビジネス・ブランドとして成り立たせている。付け焼刃や自己満足ではなく、地に足をつけて本物志向でじっくりと積み上げていくところが魅力だ。

こうした活動を見つけると思わず嬉しくなって毎週通ってしまう。応援したい!ぜひこのパンを良さを広めたいと思う。

土地柄なのか、岡山の小さな町ではこうした若い人々の「質を追求した活動」を見る機会が多い。ある種のアーツアンドクラフツ運動であろう。こうして作られた質が高い食材や製品に対しては大量生産品と比較して値段が高くても「応援したい!」と思ってしまう。
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2018/12/06

おススメ建築業者、定住用のリフォーム業者、外構工事屋さん


西播磨でおススメのハウスメーカーは?

赤穂の友人たちに、「どこで家を建てたいですか?」と聞くと、きまって返ってくる答えは「セルビーハウジングに憧れる」との答え。上郡~赤穂では、セルビーハウジングで家を建てる事はある種のステータスになっているようだ。

セルビーハウジング
http://www.selbee.co.jp/

上郡~赤穂をドライブしていて、「素敵な洋風住宅だな」と思ったら、たいていこのハウスメーカー。

将来、家を建てることがあれば、地元の人々に愛されている信頼できる業者さんで家を建てたいものだ。



別荘を定住用や介護用のリフォームするのにおススメの業者さんは?

我が家が長年お世話になっているのは、ヤマヒロという建築業者さん。

ヤマヒロ
https://www.yamahiro.org/index.html

介護用の手すりなどのリフォームでお世話になっている。

全自動トイレは、冬場に凍結で故障することが多いが、そうした際にもすぐに来て修理してくれて大助かりだ。



外構工事は?

どういう外構デザインにしたいかにもよるが、立地的にレンガの産地として有名な三石が近所にある。
レンガは、輸送コストがかかるため、三石が近い事はレンガを安く入手できるメリットとして大きい。

耐火レンガと言っても、安い中国産~国産の上質なレンガまで様々・・・。

以下の「フジタ屋」さんという業者さんがおススメだ。こんな外構にしたいんだと相談すればレンガ施工に精通した業者さんを紹介してくれる。

ちょうど第一ゲートの踏切を出て岡山側に数分~5分ほど走ったところにあるので気軽に訪ねられる。

フジタ屋
https://www.fujitaya-fff.jp/

2018/11/20

上郡町のスーパーの特色


以下、おススメ順に・・・

コープこうべ コープ上郡

野菜は値段が高めだが、他のスーパーに比べて全般的に商品の質が良い。
店内はガラガラなので、ゆっくり買い物が出来る。
お惣菜・お寿司なども、マックスバリューよりも上質。

旬彩蔵 上郡のJA ファーマーズマーケット

葉物野菜、柿・イチジクなど、地元産の農産物が良くて安い。

ボンマルシェ上郡店(旧銀ビル)

肉類の鮮度が良くおススメ。地元産の農産物を置くコーナーも。
播磨自然高原 第2ゲートからのアクセスが一番良いが、踏切を渡ろうとすると10分近く待たされることも。

マックスバリュー

マイルドヤンキー御用達の、日本全国どこの田舎にもある大型スーパー。
質の良いシイタケが安く、シイタケを大量に買いたいときは、ここを利用する。

お寿司は、お惣菜コーナーのお寿司よりも、魚売り場に売られたお寿司の方が断然美味しい。




上郡町のスーパーの耳寄り情報 ~ 過疎化が理由?見切り品の値下げの幅が大きい!

近隣の町の同一スーパーに比べて、半額になるのが早く、見切り品の値下げ幅が大きい。

おそらく、上郡のスーパーは客が少ないので、商品の売れ残り率が高い結果こうなっているようだ。

上郡町の町中では、ローソンも見切り品の焼き鳥などを半額販売している。
2018/11/19

播磨自然高原の定住情報 外食編


播磨自然高原で外食するならココ!!


上郡町 ~山の端が夕陽に染まるのを眺めながら河川敷散歩

喫茶店 ヨット ・・・ 本場仕込みのインドカレーが絶品 サンドイッチも美味
まこと屋 ・・・ ラーメンはここ!
喃風上郡店 ・・・ お好み焼き
かなじ屋 ・・・ 遠方からも そばマニアが訪れる店
司庵 ・・・ そば・定食 おススメ!
小料理一心 ・・・ 地元の人の評価高い仕出し屋

<<播磨科学公園都市>> ~安藤忠雄建築が立ち並ぶ美しい公園都市
末廣堂 光都苑 ・・・ 播磨科学公園都市でお茶するならココ!


赤穂 ~西播磨で住みたい町・人気No.1!本物のシティリゾート!

さくらぐみ ・・・ 赤穂が誇る超有名ピザ店
ミオ エ テンプリーナ ・・・ ピザランチ絶品!別荘に人を招いたらココ!
カゴメ屋 ・・・ 洋食の定番店
お好み焼き 奈奈 ・・・ 低価格で味は最高!粉モノでは一番のおススメ店。
かましま水産 赤穂店 ・・・ 牡蠣で有名、女将さんは赤穂の有名人!
ドルフィン ・・・ ステーキが食べたくなったらココ!
マクドナルド(イオン内と、イオン横の2店舗) ・・・ ファーストフードはココ!
衣笠 ・・・ 落ち着きます。そば・丼もの。


和気  ~町の雰囲気がとてもいい!片鉄ロマン街道はサイクリングに最適!

ENTER WAKE KITCHIN ・・・ 玄米ご飯の健康的ランチ。地元食材の素敵なレストラン。
和風レストラン豊かわ本店 ・・・ 別荘地で夜に小腹が空いたらココ!お節も毎年ココ!
ピザキング ・・・ 10年来のお付き合い。イラン人店主と奥さんの家族経営のピザ屋さん。
敦煌 ・・・ 中華料理
岡山珈琲館 ・・・ 最近、早く閉店するようになりましたが、質感の良い喫茶店。

(随時更新!)
2018/11/19

大鳥圭介と土方歳三

大鳥圭介(上郡町出身)と土方歳三は、まったく畑が違う人物どうしなのに、ある時期から運命の糸に操られるように吸い寄せられて、戊辰戦争のさなかに合流し共に最前線に立って兵を率いて戦い、共に指揮官としてたぐいまれな用兵能力を発揮し旧幕府軍の中で頭角を現していった。

土方は多摩の百姓出身で剣の腕で自らをたたき上げた伝説的な新選組の生き残り。大鳥圭介は、医学・語学・西洋の近代技術に精通したとびぬけて優秀なテクノクラート。

体育会系・土方に対して、インテリ・大鳥。このインテリ・大鳥が、土方同様に、強兵として恐れられた薩摩兵にその用兵術を逆に恐れられたというのだから、大鳥の多彩な能力に驚いてしまう。




そして、蝦夷共和国の落日。2人は運命を分かつことになる。

旧幕府のテクノクラートを結集させたとも言える蝦夷共和国の首脳陣。近代国家の運営に不可欠の人材だった彼らは、薩長・官軍から見ても、殺すには惜しい人材だった。ただ一人の土方歳三をのぞいては。

薩長・官軍、とくに京時代に新選組に辛酸をなめさせられた長州から見ると、なんとしても土方は血祭りにあげるべき男であった。

また、敗色濃厚な状況下で、蝦夷共和国の首脳たちの多くは、志に殉じて玉砕するよりは、官軍の軍門に下って、自らの能力を新時代に生かす算段を心中でしていた。その首脳陣にあって、ただ一人、降伏に頑強に反対する男・土方歳三。

もはや、他の首脳陣にとって、土方歳三は邪魔な存在。土方が死なないと他の首脳陣たちは生き延びられない。




土方歳三はそんな中にあって、最前線で流れ弾にあたり死亡。

はたして、土方はどちらの玉にあたったのか?薩長・官軍の玉か?それとも、撃ったのは味方の首脳陣の手配した狙撃手か?今となっては誰が犯人かわからない。もし、味方に殺されたとしたら、暗殺を手引きした人間は、大鳥圭介ではなかったか?という説がある。




のちに東大工学部の前身の工部大の初代校長になった大鳥圭介の人となりを知ると、この説には違和感があった。

だが最近、最前線に立った大鳥圭介の用兵が、西郷隆盛に恐れられていたという話を聞いた。

冷酷なマキャベリズムで幕府から権力を奪い取った薩摩の巨魁・西郷隆盛。

その西郷が恐れたほどの人物だというのだから、大鳥圭介は土方粛清を実行できるほどの殺気みなぎる豪胆な人物だったのかもしれない。

当時は、何事も今の尺度では測れない時代だったのだ。




播磨自然高原に移り住んだ当時、大鳥圭介の生家はまだ壊されていなかった。銀ビルは、改装前で蛍光灯が店内を照らす暗い雰囲気のスーパーで、2階にはゲーム機が並んだくつろげるスペースがあった。

青白い月の光に照らされた10月の夜の播磨高原の山道。なんと不安で新鮮な日々だったことだろう。


2018/11/19

駅は、梨原、望月の駅

上郡町梨ケ原は、枕草子や今昔物語に登場する場所である。

枕草子 第二百二十五段
駅は、梨原。望月の駅。山の駅は、あはれなりしことを聞きおきたりしに、又もあはれなることのありしかば、猶(なほ)とりあつめてあはれなり。


私はこの歌がうたわれたまさにその場所を時々散歩するのであるが、落地(オロチ)の野磨駅家跡の一帯の山に囲われた盆地を夕暮れに散歩すると「望月の駅」の言葉にあるように、青白い光が静かな盆地を照らしている様が心に浮かぶ。別荘地の一部にもなっている落地は、元の意味は大蛇もしくは毒蛇(オロチ)であり、今昔物語には6メートルを超えるオロチの話が記されている。野磨駅家から大宰府へと向かう船坂峠は、大蛇も出るし盗賊も出る、公家も殺される、古代においてはとても恐ろしい場所であったようだ。

前述のように落地は大蛇・毒蛇の意味なのが・・・妙な話をはじめるが、私は落地には幻獣ではなく実際に大蛇がいたのではないかと考えている。神々しいほどの大蛇の目撃談がきわめて身近な人間の体験にある。(場所は別荘のすぐそば)調べてみると、地元の人々にも数知れない目撃談がある。

 とにかく逃げた。家に帰り着いても当分振るえが止まらなんだ。こんな恐ろしい経験は生まれて初めてのことじゃ。もう二度とごめんだ!あの山には何ぼ頼まれても二度といかん。
 引用元:上郡の大蛇 http://kansai.kanran.org/doc35.php#document_1

私自身も、ある晩夏の明け方に散歩していたとき山が押し黙る瞬間を体験したことがある。自分の足跡は聞こえているが、虫や獣など森にいるはずの生き物が何かに怯えたように押し黙る刻。またひそかに、別荘地を切り開いた人々は、同じような大蛇に出くわしたのではないかと思っている。おそらくこの山一帯の主(守り神)でもあったのだろうが、そのような大蛇の末裔は、幻獣としてあるいは実在の大蛇として今もひっそりとこの山に生き残っているかもしれないのだ。

私のできることと言えば敷地をなるだけ手つかずに保ち、別荘建築で使っている場所も木を最小限にしか切らないことである。不必要に木を切れば、蛇を始め想像以上に多くの生物の命を奪う事になる。敷地全体を柵で囲ったりもしない。落地において千年以上も昔から崇められているような神聖な動物たちの住処を安易な考えで奪うことは良くないことだと思っているからだ。

2018/11/19

職能集団・秦氏の足跡

古代における赤穂郡一帯の話をしたいと思う。

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私は、以前この地について不思議な話を聞いた。

・坂越の大避神社は千種川ぞい(おもに上郡町)にいくつも作られており、
 それらの場所を地図に記すと、北斗七星の形になるという話。

・大避神社は渡来人・秦氏にまつわる神社なのだが、秦氏は飛鳥時代に坂越に上陸し、その後砂金を求めて千種川ぞいに入植していった

・千種川で採れた砂金は、新羅を起点とするシルクロードを通じて遠く中東まで運ばれて、きらびやかな王宮を飾る装飾品にまで使われた

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上郡町の古代における有力者の1/4強が秦氏だったという記録もあるそうで、赤松円心決起の際も秦氏系を味方につけたことが勝利へとつながったと考えられる。
そのような背景から赤松家自身が秦氏をルーツにもつのではないかと考える歴史家もいるそうだ。

私自身がこの地に来て思ったのは、備前の刀剣や焼き物といい、赤穂の塩や忠臣蔵の演劇的趣向といい、三石のレンガといい、相生や日生の牡蠣といい、竜野のそーめんや革製品といい、平地が少ない山間地であることもあるのだろうが、やはり一級の歴史や名産品を持った町が多いということだ。

では上郡町はモロヘイヤとモロドンだけなのか?いや上郡は古代から近代に至るまで鉱山の町であった。
播磨科学公園都市へ向かう途中にある金出地という名前にもその名残を残している。
金、銀、鉄、銅などが採掘されたというし、備前の刀剣だってそもそもの原料は千種鉄であった。
悪党・赤松円心は、高瀬舟を使った千種川の鉄の輸送を掌握していたという。

これらの事は、職能集団であった秦氏と無関係ではないだろう。


2018/11/19

楽園の設計図は草花に埋もれ・・・

映画「地獄の黙示録」の中で、マーロン・ブランド演じるカーツ大佐が、若い頃の川下りの体験を回想するシーンがある。

私が若かったころ、ミシシッピー川をボートで下っていると、突然、南部の農園のドーリア様式の柱が立ち並ぶ邸宅の廃墟が川岸に見えてきた。周囲は花が咲き乱れ、まるで天国のようであった・・・とカーツ大佐は回想する。

私が昔、よく播磨自然高原を散歩していた頃、お気に入りの場所があった。かつては別荘のカタログに載ったこともある豪華な洋館の廃墟。そのフェンスで囲われた広大な庭園は雑草と育ちすぎた樹木に半ば飲み込まれ、レンガを敷き詰めた回廊は腐敗した落ち葉に埋もれている。だが、その邸宅は風雨に耐えて、森の中でなおもその威容を誇っている。今でも、その建物の門の前に立つと、南部のプランテーションの廃墟を想像してしまう。

真に偉大な文化的な構造物は、廃墟になってもその魅力(精神)が失われることは無い。この廃墟は、この播磨自然高原がかつていかなる場所であったか、いかなる偉大な文化が栄えたか、そしてこれからもいかなる場所であるべきかを示してくれている。

アメリカ南部の農園の廃墟というのはシンボリックなイメージとしてアメリカ文学や映画にたびたび登場するが、それは北軍の焦土作戦によって破壊された南部の文化・文明・精神の象徴である。では播磨自然高原の廃墟は、いかなる出来事によって生まれたのか?日本経済の衰退、山荘ブームの終焉、所有者の高齢化、それらは北軍の焦土作戦のように、文化・文明を痛めつける破壊力のあるものである。

北軍の焦土作戦によって破壊されたアトランタと、その周辺の農園主たちの運命を描いた作品として有名なのが「風と共に去りぬ」だ。主人公のスカーレット・オハラは、疎開後に自分のプランテーションに戻ってきたとき「2度と飢えない」「2度と土地を離れない」と誓う。

だが、戦争で傷ついた南部社会の焼け跡において、周囲の農園主はカーペットバッガーと呼ばれた北部から来た山師たちに騙され収奪されていった。カーペットバッガーは、カーペットの中に全財産を入れてやって来たと言われている。身軽なのでその土地にたいしたリスクを背負っていない上に、その場所の文化も理解していない。建物やインフラを破壊した北軍に続いて、南部社会をカーペットバッガーは文化面(精神面)から破壊していった。

その場所の文化とは、楽園の設計図のようなものであり、楽園が一旦は焦土と化しても、文化さえ守ることが出来れば、いつの日かその場所を再生する事ができる。敗戦の傷跡が痛々しいアトランタで、スカーレットやバトラーら旧農園主たちは結束しあい、その場所の「文化」をカーペットバッガーなど外部の人々から守ろうとする。

「風と共に去りぬ」の中ではKKK団(クー・クラックス・クラン)が、その「文化」防衛の暴力装置として肯定的に描かれている。同じKKK肯定の描写は、グリフィスの映画「国民の創生」でも描かれる。だが、南部の旧支配層のそのような努力は徒労に終わり、いつしか時代の波に埋もれてしまう。

後の作家、南部の農園主をルーツに持つF・スコット・フィッツジェラルドの小説などでは、南部のプランテーションの廃墟は、過去の美しい記憶が彷徨する霊廟のように描かれている。「地獄の黙示録」のカーツ大佐もまた、花の咲き乱れたプランテーションの廃墟を、この世のもので無い天上の世界として眺める。

楽園の設計図は草花に埋もれ、2度とふたたび楽園はよみがえることはないのだ。栄えたものは滅ぶ、これはこの世の宿命である。
2018/11/19

日ユ同祖論の聖地としての坂越


「日本人とユダヤ人は同じ祖先。」

プッと吹き出しそうになるような珍説に思えるかもしれないが、その説はかつて日本の国策をも動かした。

ソビエト革命後にシベリア出兵に参加した日本陸軍のとある将校・安江仙弘は、ロシアを追われた白ロシア軍の将校に一冊の本を手渡される。「ユダヤの長老達のプロトコル」それは後に、"史上最悪の偽書"と呼ばれ、ナチスをホロコーストへと駆り立てた一因ともなった世紀の陰謀説本であった。

安江仙弘は、その本を日本へ持ち帰り、ユダヤ人に関する研究をはじめる。同時に彼の関心は国内外で話題に上っていた日ユ同祖論へも向き、日本人とユダヤ人の驚くべき共通点について開眼した。そして、日ユ同祖論の立場からユダヤに対する警戒よりは、むしろ親近感を持つようになった。

こうして、欧州で迫害されるユダヤ人を積極的に味方につけて日本の国際的な地位を高めようとする親ユダヤ主義的な日本の国策、「河豚計画」が立案された。(ユダヤ人を河豚に例えるところに、この計画の背景にある陰謀説の影響を読み取れる。)「河豚計画」は石原莞爾の満州国構想などと合わさって、満州へのユダヤ移民誘致計画など具体的な政策として行動に移されていった。

今日、杉原千畝の美談として語られているような日本政府・軍部によるユダヤ人救済は、このような日本陸軍におけるユダヤ陰謀論および日ユ同祖論研究が多分に関係しているのだ。

この日本陸軍や日本政府をも動かした日ユ同祖論とはいかなるものなのか?

おもに渡来人・秦氏が持ち込んだと思われる神道の儀式とユダヤの宗教的儀式の一致、
厩戸(うまやど)皇子と呼ばれた聖徳太子(そのブレーンは秦河勝)と、馬小屋で生まれたキリスト。
偶然とは思えない古代日本と、ユダヤ教キリスト教の一致。
言語面の一致、宗教的道具の一致、祇園祭の開催期間などさまざまな一致点がある。

そして、それを突き詰めていくと・・・
「古代日本に多大な影響を与えた秦氏はユダヤ人もしくはユダヤ教徒(もしくは景教徒=ネストリウス派のキリスト教徒)ではなかったか?」という疑問に行き着くのだ。産経新聞記者時代の司馬遼太郎は、この日ユ同祖論の観点から坂越の大避神社についての記事を書き、その記事は欧米の新聞にも翻訳されて大変な評判を呼んだという。(後に、この時の司馬の取材内容は司馬の初期の小説の一つとなる。「兜率天の巡礼」である。)

坂越の大避神社は日ユ同祖論の聖地でもあり、大避神社はダヴィデ神社の意味であるという説を信じる人もいる。

実は、遠方から坂越を訪れる観光客は、司馬遼太郎の「兜率天の巡礼」などを読んで、日本とユダヤをつなぐ見えない糸にロマンを抱いてこの地を訪れる人も少なくないのだ。

株式会社マルト水産 司馬遼太郎著「兜率天の巡礼」を読んで
http://www.marutosuisan.jp/harimanada/jyunrei.html

折しも、赤穂では秦氏に関する資料を集めたギャラリーがオープンしたようだ。

秦氏テーマの資料館オープン
http://www.ako-minpo.jp/news/10545.html

2018/11/19

赤穂郡はかつては火山の噴火口の内側だった?

以前、秦氏が千種川ぞいに入植していった目的の一つが、砂金にあったと書いた。

それにしても赤穂市や別荘地のある赤穂郡(上郡町)や和気などではなぜ古代~戦前に至るまで鉱山が栄えるほど金属の鉱脈が豊富だったのであろうか?

ヤフーニュースにその理由ではないかと思われる記事が挙がっている。

兵庫に阿蘇山級巨大カルデラ 東西20キロ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160808-00000004-kobenext-l28.view-000

かつては、赤穂市も赤穂郡も火山の噴火口の内部だったのか・・・。

とりわけ赤穂市の地形を見ると噴火口っぽくてなんとなく納得できる。
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